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兵農分離は太閤検地によって推進された

  • Posted on 12月 24, 2009 at 1:39 AM

近世における身分制度と階級支配の基本政策。

太閤検地以前、武士は農村に根拠地を置き、個々の農民を直接支配し、農業生産にも関与していた。

また、農民も下剋上を通じて武士化することもあり、兵農は未分離であった。

太閤検地はこの関係を断ち、武士と農民の関係を次のように整理した。

第一に、武士は農業生産そのものに直接かかわることなく、個々の武士が個々の農民を個別的に支配することはしない。

第二に、武士は農村から離れて城下町に集住し、支配階級としてまとまり、農民から連帯責任制などの経済外強制を通じて、米を中心とした生産物地代を搾取する。

第三に、年貢米を取り立てた大名は商人を通じてそれを換金し、必需物資を購入したり、家臣団の維持費を捻出する。
以上の体制全体を兵農分離という。

次に兵農分離が貫徹される過程をみると、兵農分離は畿内・近国における惣村や在地領主制の解体によって体制化された。

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