社会的秩序を維持・強化するためにつくられたものである。
わが国近世の封建的身分制度が創出されたのは豊臣政権期のことである。
羽柴秀吉は、1582年太閤検地に着手、名主百姓など土豪に対して、農業から離脱するか、農業に専念するか、二つに一つを選択させ、下人・名子など隷属農民を土豪の支配から自立させ、農民を直接に把握し、土地に束縛する政策を打ち出した。
また秀吉は、1588年刀狩令を発し、農民から武器を没収した。
検地と刀狩は武士と農民との区分を明確にし、農民を被支配身分として固定させる政策であった。
